スタートアップから成熟企業まで、最適なValuationとは
Jun 14
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ザ・モデラズ
バリュエーション手法の選択は、企業の財務状況、業界特性、分析の目的などによって異なります。また、クロスチェックのために複数の手法を併用することが多いです。DCFは安定的でキャッシュ創出力の強い企業に最適、Trading CompsやTransaction CompsはベンチマークやM&Aの場面で有用、マーケットバリュエーションは清算状況や資産比率の高い業界において特に関連性が高くなります。
Discounted Cash Flow(DCF)
予測可能なキャッシュフロー、強固なファンダメンタルズ、長期的な成長ポテンシャルを持つ企業に最も適しています。実務では最も広く使われる手法です。
ただし、Free Cash Flow がマイナス(-)であったり、キャッシュフローの変動が大きいスタートアップや景気循環型産業では信頼性が低下する可能性があります。
例: グローバル製薬会社 Pfizerは、ブロックバスター医薬品から得られる安定的なキャッシュフローと、R&Dパイプラインの予測可能性から、DCFアプローチが適している好例です。特許期間中のキャッシュフローと、ジェネリック医薬品出現後の売上減少を織り込むことで、長期的なFree Cash Flowを割引し、企業価値を評価することができます。Pfizerは特定の新薬発売後、10年以上のキャッシュフローが保証されるため、DCF分析が信頼性高く機能します。
Trading Comps Analysis(類似企業比較法)
類似したビジネスモデルを持つ上場ピア企業が十分に存在する場合に有効です。市場のリアルタイムベンチマークを提供しますが、一時的な市場状況によって歪められる可能性もあります。
例: Airbnb のIPO時のバリュエーションでは、Expedia や Booking Holdings など、類似するオンライン旅行プラットフォームとの EV/EBITDA および EV/Sales マルチプルの比較により、市場から評価されました。Airbnbはパンデミック後の急回復と、シェアリングエコノミーを基盤とするという特性により高成長モデルとして評価され、高いマルチプルの適用が正当化されました。類似企業のマルチプルが市場でどのように形成されるかが、Airbnbの企業価値を大きく左右したのです。
Transaction Comps Analysis(類似取引比較法)
M&A バリュエーションに適しており、経営権プレミアムやシナジーを反映します。ただし、関連データの入手が難しい上、過去の取引が現在の市場条件と一致しない可能性があります。
例: 2016年に Microsoft が LinkedIn を買収した際、市場では類似するテクノロジー・ソーシャルメディア企業の過去のM&A事例が参考にされました。Salesforceによる Demandware の買収や、Facebookによる WhatsApp 買収などが比較対象となり、これらはすべて高い戦略的シナジーを前提とした平均以上のEV/Salesマルチプルを記録していました。Microsoftは、LinkedInの12か月予想売上高に対して約8倍のEV/Salesマルチプルを支払っており、これは経営権プレミアムと戦略的重要性を反映した結果と解釈されました。
マーケットバリュエーション(Asset-Based Valuation)
清算シナリオや、資産集約型ビジネスにおいて、将来の収益性よりも資産価値の方が企業価値を適切に表すときに使用されます。
例: Sears Holdings は破産手続きに入る前、投資家の間で資産ベースのバリュエーションが主軸となった代表的なケースです。長年の赤字と再建失敗により、事業継続の見通しが薄れた Sears に対しては、保有不動産やリース契約、ブランド資産などが主な評価対象とされました。特に、全米に広がる高額な不動産(ショッピングモール、大型店舗の敷地など)が時価で再評価され、これにより清算時に回収可能な純資産価値を推定することに重点が置かれました。最終的に、Sears の残存価値評価ではマーケットアプローチが最も実質的な根拠となり、不動産投資家やプライベート・エクイティファンドがこの点に注目しました。